60歳のジジイが思うこと、ジジイはジジイが嫌いです

人間

ジジイは若さを羨ましいく思い、嫉妬している

若いことは羨ましいこと、実は自分も若いときがあった。

若いときは年寄りが何を言っても、耳に入らなかった。

入ったとしても、何言ってんだかと思っていた。

今思っても何言ってんだかなんだな。

やっぱり年寄りが必ずしも正しいことを言うとは限らない。

逆に正しいことの方が少ないかもしれない。

そして自分がジジイになって、やっぱり同じ事を思って同じ事を言っている。

正しいことを言っていない。

若い事が羨ましくて、嫉妬から年寄りが正しく役に立つというのを見せたいだけなんだよ。

カッコつけてるんだよ。

でも、少しはカッコつけさせてほしいんだよ、

ジジイの分析結果と取り扱い方法

昔は良かったし凄かった

昔はなって、昔の武勇伝を話すのは今話す事柄がないからできないのよ。

昔の話しかないんだから。

思い出は約1.5倍多ければ倍くらい良く見えるのよ、思い出は美し過ぎるのよ。

少し聞いてあげて、接待を伴う飲食店でしか相手にしてもらえないんだから。

隠れコロナの被害者なんだから。

人生経験値からの適切なアドバイス

そこは少し説得力があるかも。そんなことしてると俺みたいになっちゃう的な。

逆にアドバイス通りにしたら、その程度ってなるか。残念。

聞いてはみるものの、反面教師として活用してみて。

紳士的で落ち着いている

まれに年上がモテルみたいな、ジジイに都合の良い情報が入ってくる。

年上の人は落ち着いていて素敵、余裕を感じる。やめてください。

落ち着いてるんじゃなく動きが鈍いだけなのに勘違い。

まれにそんな機会に恵まれても、家族や世間体が頭を駆け巡り躊躇している。

年齢とともに前頭葉が劣化しているため、判断能力が低下しておりますので、

勘違いは思った以上に肥大していきます。

褒めるときには、おじいさん(お父さん)みたいで安心する。程度にしてください。

ジジイはいつの間にか社会の中心ではなくなっていた

若いときに早く一人前になりたいと考え、安い給料でも一生懸命頑張ってきた。

一人前に何時なったかの自覚もなく、もっと上をと目指してきた。

自分の役割と責務を全うしようとがむしゃらに働いてきた。

ふと気がつくと、後輩に下から突き上げられ、

過去の経験から対応しようとすると、ハラスメントと指摘され、

ただ愚痴を言い合うような友達も少なくなり、気がつけば仕事仲間のみ。

愚痴は、接待の伴う飲食店の優しい店員さんに聞いてもらい、

いつの間にか頑張るから、踏ん張るに変わっていた。

全力で走れば足がもつれ、えーっと、名前が・・・。忘れっぽくなったな。

なんか最近疲れがとれないなあ。

よくあるジジイの入り口で、冗談のように笑っていた。

本来そこで実感しなければいけなかったのだが、年齢とともに前頭葉の劣化に伴い、

状況判断を的確に行う能力が失われていた。

気がついたら、会社(社会)では中心ではなくなっていた、

中心は後輩の年代になっていた、後は定年を待つだけのジジイになっていた。

若いときはジジイが嫌いだった、そのジジイに自覚もなくいつの間にかなっていた。

現実を突きつけられたと実感したときすでに遅し。後悔先に立たず。

そんなジジイになって今、やっぱりジジイは嫌いだ。

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