60歳定年、第二の人生ネガティブしか見えない
60歳定年で第二の人生スタート。
本来再雇用制度で65歳ぐらいまで在職はできたけれど、
今までの収入を確保できず、大幅に収入が減るのであれば、
在職している会社に置いてくださいとは頭を下げることはできず(個人的な事情)、
同じ収入源なら新しい環境で仕事したいと、決断しました。
しかし、これが甘かった。この歳になって社会の状況を全く理解していなかった。
退職金は雀の涙、当面餓死を免れる程度、65歳まで残る住宅ローン。
引退後はちょっとゆっくり、なんてことは夢の夢。
さっさと次の勤め先を決めて、収入を確保しなくては。
60歳就職活動で打ちのめされる
ハローワークで職を探しても中々見つからない。
求人サイトを見てもこれといった職が見つからない。
60歳という年齢がこんなにアドバンテージになっているとは。
冷静に考えれば当たり前なのに、当事者にならないと実感できない。
年代や性別による制限をかけられない制度により、求人の内容が理解しづらい。
本来は差別化を排除しようとした制度でも、表記のみがなくなっただけで、
求人側の要望は変わらない、特に年齢制限がないと読み取って応募しても、
書類選考で全て玉砕、求人票に書いてもらった方が実務的にはいいんだけれど。
60歳再就職で打ちのめされる
ありとあらゆる応募の中から、数少ない面接にたどり着き、採用をさせて頂きました。
当然年齢など関係なく、ただの新入社員。何でもさせて頂きます。
エクセルやワードはなんとか人並みに使えます。パワーポイントも知ってます。
60歳ジジイが胸張って案外使えると思っていたのだけれど。
会議はZOOMで行います。
日報は管理ツールで行ってますので、そちらで管理情報共有します。
日常会計はクラウド会計ソフトで行ってます。
気が付いたら、手帳にメモがびっしり。手帳って使ってもいいのか?
メモを見て単語の意味がわからず、調べる。
こんなに自分が社会から取り残されているとは、全然気付かなかった。
いつの間にか社会から取り残されていた
必要最低限の新しい物の取り込みはしてきたつもりだった。
何年も同じ事の繰り返し、でも当然手書きからデジタルに、
紙からデータに、社会の流れの中で必然なものは手掛けたつもりだった。
オンライン申請に頭を抱えながら勉強し、なんとか出来たと満足していた。
最低限の取り組みをしてきたつもりだったのは、会社の最低限ラインで、
社会の最低限ラインではなかった。
必要ない情報を取り入れることなく、現状維持を無意識で行っていた。
気が付かなかった、ホントに狭い社会で生きていたんだなと痛感。
背中から冷や汗が、自分が60歳ジジイだと今更ながら実感、遅かった。
社会のせいじゃなく自分のせい
WEB、SNS、クラウド等々色んな事があっても必要なければ見て見ぬ振りを、
趣味の世界のことで俺には関係ないと。
コロナ禍もあって、急激に変化した部分もあったにせよやっぱり自分のせい。
知ろうと思えば知れたこと。必要か必要じゃないかの判断も自分。
45歳定年制が話題になっているけれど、60歳の今激しく同意です。
60歳ネガティブジジイの反逆
せっかく再就職はしたけれど、あっさり退職(理由は全然別な事でした)。
また地獄のネガティブジジイ生活。
どうしよう、社会から取り残された事は実感したけれど。
年齢は変えようがないし、これと言った資格もない。
しょうがないから、取り残されたジジイが社会に入り込んでみますか。
拾ってもらおう、助けてもらうは待っているだけじゃもう無理だ
少なくとも何かをしなければ始まらない。
と言うことでまずはブログから。
もがくだけもがいてみよう。